4.釜飯屋さん「つくも」
2000人はさておいて、我ら3人のお腹を満たす釜の飯を。


大門近くにある、評判の「つくも」で釜飯をいただくことに。


15釜飯のつくも


ちょうど炊き上がったとのことだったので、
山菜釜飯を注文してみた。
・・・そうか。
注文してから炊いてたんじゃ、出てくるまでに1時間掛かる。
予め、注文を見越して炊いておくのか。
・・・でも、今日みたいな人の少ない日、
余った釜飯はどうするのだろうか。
店のおばちゃん達、毎日毎日釜飯ばっかり食べてたりして(笑)


程なく山菜釜飯が運ばれてきた。
釜飯とお味噌汁、ごま豆腐に漬物のセットで1360円。


16つくもの釜飯


冷奴ではなく、ごま豆腐のつくところが高野山っぽい。
固めご飯の好きな私には少々柔らかめのご飯だったが、
おこげもしっかりあって、量もたっぷり。
食べきれない分は父に食べてもらったが、
テーブルにラップが置いてあり、
おにぎりにして持ち帰りもできるそうだ。
なかなかの心配り♪
【2006/06/23 23:38 】 | 高野山旅行記 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
3・金剛峯寺
05金剛峰寺正面


さすが高野山の中心だけあって、
派手さはないが、重々しく重厚感がある。
元は、豊臣秀吉が亡母のために建立した
「青巖寺(せいがんじ)」という寺だったとか。
そういえば、豊臣の家紋があちこちに・・・と思ったら、違った。
真言宗の宗紋、五三の桐と巴紋だそうだ。
瓦や襖、障子の取っ手、板戸など、あちこちに「五三の右巴」が。


11五三の桐紋


さすが・・・手間もお金も掛かっているなぁ。。。

門前の石段には、両脇に水桶が並んでいる。


03金剛峰寺入口


朝見たら空の桶が倒してあったので、打ち水に使っているようだ。
元々は馬の飲み水用だったとのこと。


見上げると、寺社の屋根の上にも水桶が。
隣にいたツアーガイドの話を盗み聞きしたところ、
梯子を登り鎖を伝って
屋根のてっぺんの水桶まで上れるようになっているとか。
火災発生時には、この桶を倒して水を撒いたりするらしい。


06金剛峰寺屋根


寺社は雷害が多そうだから、消化設備は大切なのかもなぁ。


建物内部の写真はあまり撮れなかった。
雑巾掛けの大変そうな長〜い廊下。
緩やかな傾斜とカーブが、さらに長さ感を醸しだしている。


08金剛峰寺廊下


広い庭には雌雄一対の龍(140の岩で龍を表現している)。
無造作に置いてあるようだが、計算されているのだろうなぁ。
白砂の中の岩が、霞の中をうねる竜のようで、
何ともいえない迫力がある。


09金剛峰寺幡龍庭1


10金剛峰寺幡龍庭2



台所もこんなに広い!


12金剛峰寺厨


板張りの明るい台所、我が家にもこんなのがあったらなぁっ♪
排煙用の換気口があったり、明かり採りの天窓があったりして、
なかなかいい環境だ。


特に気に入ったのがコレ!食品保管棚。


13金剛峰寺食品保管棚


天井から吊り下げられた棚の上部には、
ぐるっと一周障子が張られている。
このヒラヒラの障子のせいで、上から伝い降りようとした鼠は
体重を支えきれずに、滑り落ちてしまうというわけ。
昔の人は賢いもんだなぁ。
この知恵はうちでも活用できそうだ。


この三つの釜で、お米が一度に2000人分炊けるとか。


14金剛峰寺竈

【2006/06/23 23:19 】 | 高野山旅行記 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
2・高野山へ
高野山への旅は、なんばからの南海特急で始まる。
極楽橋でケーブルカーに乗り換えて高野山入り。
「極楽橋」なんて・・・まさに極楽浄土への入口のようだ。

01ケーブルカー


このケーブルカーで5分程、登りきった終点が高野山駅。
緑いっぱいの急勾配。両脇には自然の樹や花がいっぱい!
水色や薄紫のヤマアジサイ、ハナミズキに似た花のヤマボウシが満開だった。
駅からバスに乗って数分で、中心に到着した。
【2006/06/23 23:13 】 | 高野山旅行記 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
1・はじめに。
両親と3人、宿坊に泊まっての高野山1泊2日旅行。

数ヶ月前に母が「高野山に行きたい」と言い始めた。
きっかけは、この本。「天の鎖」。

00高野山


空海の生きた時代とその後半世紀程を、
3人の「牛」と呼ばれる庶民の視点で綴った歴史小説だ。
日本で真言密教が取り入れられ、本家争いが終息するまでの一時代。
予習とイメージ作りのために、私も旅行に備えて読破。
教科書通りの知識だった空海と真言密教が血肉を帯びたものになった。
というわけで、
今回の旅のテーマは、空海と真言密教。そして、宿坊と精進料理。
じっくり満喫することができた。
【2006/06/23 23:11 】 | 高野山旅行記 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
上手な道の渡りかた
大混乱


「郷に入っては郷に従え」ということで、イタリア人スタイルを見習おうとまず試みたのが、イタリア人らしい歩き方。


これはイギリスでも言えることなのだが、基本的には交通ルール遵守。それを超える行動については自己責任。ヨーロッパの個人主義とは、こういった自己責任に基づいて成り立っているのだろう。


というわけで。


どうやらイタリアには2タイプの横断歩道があるらしい。といっても見た目は同じだが。


一つは信号のある交差点の横断歩道。日本と同じ、青信号だったら渡ってよいというやつだ。


もう一つは、信号のない横断歩道。これは多分、人が渡る時は車が停まらなければいけないという暗黙(?)の約束事があるのだろう。とりあえず、人が渡っているときには車は停まって待っているようだった。もしかしたら車道にマーキングでもあったのかもしれないが、私は気づかなかった。



ちなみに、イギリスの場合、このタイプの横断歩道には脇にボンボリ風のポール照明が立っていて、車道のセンターラインがギザギザ模様になっている。


この信号のない横断歩道、けっこうな大通りにもあちこち見られるのだが、さすがにビュンビュン車の飛ばしている車道に一歩を踏み出すのは撥ねられないと信じていてもなかなかの勇気がいる。


しかし、躊躇う相手を待つほどの優しさは持ち合わせていないようで、勇気を出して踏み出さないことには、一生道を渡ることはできないのだ。(それか、勇気ある現地人を待って、ピッタリくっついて一緒に渡るしかない。)


ようやく学習した、恐怖感に打ち勝って大通りを渡るコツ。脇目をふらず、胸を張り、前だけを見て勢いよく渡るべし!そうすれば自然と車は停まってくれるのだ。ただし・・・運が悪ければいつか撥ねられるかもしれない。


というわけで、道路を上手に渡るためにかなりの苦労をしたわけだが、もしかしたら、この道を車で走るのもすごく難しいことなのかもしれない。
【2006/05/29 21:51 】 | イタリア旅行記 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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